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長崎地方裁判所 昭和59年(行ウ)2号 判決

両事件原告

木田明夫こと

後藤賢二

昭和五九年(行ウ)第二号事件被告

長崎刑務所長

前林勇

右指定代理人

篠崎和人

外一名

昭和五九年(ワ)第四七一号事件被告

右代表者法務大臣

嶋崎均

右被告両名指定代理人

中島清治

外六名

主文

一  昭和五九年(行ウ)第二号事件の訴えを却下する。

二  被告国は原告に対し金一万円を支払え。

三  原告の被告国に対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告と被告長崎刑務所長との間に生じたものは全部原告の負担とし、原告と被告国との間に生じたものはこれを二分し、その一を原告の、その余を被告国の負担とする。

五  この判決第二項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

(昭和五九年(行ウ)第二号事件)

一  請求の趣旨

1  被告長崎刑務所長が昭和五八年一一月一七日原告に対してなした「現代日本の監獄」閲読不許可処分はこれを取消す。

2  訴訟費用は被告長崎刑務所長の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前)

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案)

3 原告の請求を棄却する。

4 訴訟費用は原告の負担とする。

(昭和五九年(ワ)第四七一号事件)

三  請求の趣旨

1  被告国は原告に対し金五万円を支払え。

2  訴訟費用は被告国の負担とする。

四  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

(昭和五九年(行ウ)第二号事件)

一  請求原因

1  原告は昭和五四年三月一四日以降、長崎刑務所に拘禁されている受刑者である。

2  原告は昭和五八年一一月一五日被告長崎刑務所長(以下「被告所長」という。)に対し、「現代日本の監獄」(以下「本件図書」という。)の仮出し交付を求めたが、被告所長は同月一七日閲読不許可処分(以下「本件処分」という。)をなした。

3  憲法は、思想の自由(一九条)、表現の自由(二一条)、学問の自由(二三条)を保障しており、何人も右各自由が含むところの図書を読み、学習をし、知識を得、真実を求め、思想を形成していく自由がある。受刑者といえども右自由は保障されている。原告は別件において係争中の訴訟(当庁昭和五六年(ワ)第七六号損害賠償請求事件)に関わる監獄処遇の学習の必要から本件図書を閲読しようとしたものであつて、被告所長のなした本件処分は、原告の有する学問の自由、表現の自由、思想の自由に対する侵害行為である。

4  また、次の各事実に照らせば、本件処分は原告に対するいやがらせであつて、裁量権の濫用に該当し、違法である。

(一) 原告は、本件図書を、長崎刑務所に移監される前に、沖縄刑務所において、何度も閲読している。

(二) 本件図書は沖縄刑務所においては、当時沖縄刑務所管理部長であつた宮崎大輔が原告に対し閲読を許可したものであるが、本件処分においては右宮崎は長崎刑務所管理部長としてその交付手続に関与しながら、不許可処分となつている。

(三) 同時に仮出交付を求めた同種内容の「犯罪者の処遇」が閲読許可されているが、本件処分には差別的取扱いをする合理的理由がない。

(四) 原告は本件図書と同傾向、同内容の私本、図書類を多数所持、閲読してきている。

(五) 本件図書は、ごく一部を除けば新聞「救援」と機関紙「氾濫」等から転載されたものであり、これらの新聞等は原告が別個に閲読してきたものである。

5  よつて原告は本件処分の取消を求める。

二  本案前の主張

原告は、昭和六〇年二月五日、その刑期が満了し、同月六日、長崎刑務所を出所したので、本件処分の取消を求める利益が失なわれた。

三  本案前の主張に対する答弁

本案前の主張の事実は認める。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3は争う。

3  同4のうち、(一)・(二)の各事実及び同(三)の前段の事実は認め、同後段の主張は争い、同(四)の事実及び同(五)の前段の事実は不知、同後段の事実は認める。

五  抗弁

1  被拘禁者の図書閲読の制限の必要性

(一) 図書等の閲読の自由はそれが思想及び表現の自由の実効性を担保する関係にあるなどこれらと密接に関連するところから、いわゆる言論の自由の一環として憲法上の保護が与えられており、十分尊重しなければならないが、それに対する制限が絶対に許されないものとすることはできず、それぞれの場面において、これに優越する公共の利益のための必要から一定の合理的制限を受けることがあるのはやむをえないところといわなければならない。

(二) 一方、受刑者は、その犯した罪の故に、刑罰の執行を受ける立場にあるものであつて、刑罰のうち自由刑は、国家権力の強制の下に、受刑者を社会から隔離し、その自由を拘束することを主眼としながらも、その執行の過程を通じて、他日受刑者が社会に復帰する場合に備えて、これを矯正、教化し、もつて更正を図ることを目的として拘禁するものであるから、受刑者の身体の自由等を制限しうることはいうまでもないところである。そして更に、監獄は、被拘禁者を外部から隔離するための施設であり、しかも、多数の者を集団として拘禁管理するものであるから、その紀律、秩序を維持することは、施設の目的を達成するために必要不可欠なことであり、そのためには、一般社会とはおのずから異つた配慮をする必要があるのであつて、身体の自由以外の自由であつても制限される場合があることは当然のことであり、図書閲読の自由もその例外たり得ないのである(最高裁昭和五八年六月二二日大法廷判決、民集三七巻五号七九三頁、東京地裁昭和五五年二一日判決参照)。

2  本件図書閲読不許可処分の法令上の根拠及びその運用

(一) 在監者の図書閲読につき、監獄法三一条は、一項において「在監者文書、図画ノ閲読ヲ請フトキハ之ヲ許ス」、二項において「文書、図画ノ閲読ニ関スル制限ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」と各規定し、これを受けて監獄法施行規則八六条一項は、「文書、図画ノ閲読ハ拘禁ノ目的ニ反セズ且ツ監獄ノ紀律ニ害ナキモノニ限リ之ヲ許ス」と規定しているところ、右各規定は、図書等の閲読の自由について前記の憲法上容認されると解される自由刑の目的及び監獄内の規律の要請から生ずる制限を明確化したものと解すべきである。

(二) 次いで、その運用として、昭和四一年一二月一三日法務大臣の訓令として、収容者に閲読させる図書、新聞紙等取扱規程が定められており、その三条四項は、「受刑者及び労役場留置者に閲読させる図書、新聞紙その他の文書図画は、第一項二号(身柄の確保を阻害するおそれのないもの)及び三号(紀律を害するおそれのないもの)に該当し、かつ、教化上適当なものでなければならない。」と規定している。また、同月二〇日法務省矯正局長は、右取扱規程の運用について依命通達を発しており、受刑者に対する文書、図画等の閲読の許可基準については、二の1(四)において、逃走、暴動等の刑務所事故を具体的に記述したものであるか否か、所内の秩序びん乱をあおり、そそのかすものであるか否か、風俗上問題となるようなことを露骨に描写したものであるか否か、犯罪の手段、方法等を詳細に伝えたものであるか否か、その者の教化上適当であるか否か等の諸点に留意し、その閲読が拘禁目的を害し、あるいは当該施設の正常な運営管理を阻害することととなる相当の蓋然性を有するものと認めるときは閲読を許さないとしており実際の運用においても右運用通達にのつとつたうえ、図書等の閲読を願い出た受刑者の性格、行状、施設の人的・物的戒護能力、施設の収容状況などの要素を総合的に考慮し、慎重な判断を下すことにしており、右運用が前記法の趣旨に合致した適正かつ妥当なものであることは明らかである。

3  図書等閲読不許可処分の裁量性

ところで図書等は種類が膨大な数にのぼり、その内容は千差万別かつその閲読を求める事情も多様であり、図書等の閲読許否の判断にあたつては受刑者の行動様式や動静に通じるとともに、その処遇につき専門的技術的知識と経験を有して始めて適切な判断が可能となるものというべきであるから、かかる判断は刑務所長の裁量的判断に属するものと解すべきである。従つて、図書等の閲読不許可処分が前記取扱規程及び運用通達に従つてなされたものと認められる以上、原告において裁量権の逸脱又は濫用があつたことを具体的に立証しない限り、右不許可処分を違法とすることはできないものというべきである。

4  被告長崎刑務所長がした本件不許可処分は、以下に述べるとおり違憲違法なものではない。

(一) 一般的取扱い

長崎刑務所は、受刑者の図書等の閲読許可の可否を決定する際には、当該図書等の内容とその閲読を願い出た受刑者の性格、行状、施設の人的・物的戒護能力、収容状況などの要素を総合的に考慮し、厳正な審査のもとに、刑務所長の依命により、許可を相当とするものについては教育課長が、不許可を相当とするものについては教育部長が、それぞれ決定し、受刑者にその旨告知する取扱いになつている(収容者に閲読させる図書その他の文書図画の取扱細則・昭和四二・一・三一達示第三号第一六条、同二〇条)。

(二) 本件図書の内容

本件図書は救援連絡センター編になるもので、その内容は、獄中体験記と称して編集されたものであり、「むき出しの暴力支配」と題して刑務所内で看守らが頻繁に受刑者らに暴力をふるつているとして事実に反する具体的事例を数多く掲げる等刑務所に対する不信感が至る所に描写してあるため、受刑者に対しかかる箇所の閲読を許すならば、職員に対する不信感を助長させ、処遇に対して誤つた考えを、また、職員並びに施設に対して拒否感情を一層昂進させ、刑務所内の紀律を害するに至るおそれが強いことは明らかであるから、本件図書はそもそも受刑者に対し閲読させることは不適当というべきである。

(三) 原告の性格及び刑務所内での行状など

(1) 原告は、昭和五〇年七月二三日、沖縄において開催中であつた国際海洋博覧会に参加中のチリ国海軍練習船エスメラルダ号外二隻の船舶に点火した火炎びんを投てきして発火炎上させたほか、同会場の公衆便所の建物に手製の爆発物を装置して爆発させ、前記便所の建物を損壊したことで逮捕され、現住建造物等放火未遂、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、爆発物取締罰則違反、傷害、非現住建造物等放火の罪により那覇地方裁判所において懲役八年の刑を宣告され(昭和五三年一〇月三一日確定)沖縄刑務所に服役し、その後昭和五四年三月一四日から現在まで長崎刑務所に服役中の者である。

(2) 原告は、長崎刑務所内において、看守の呼びかけにも応ぜず作業時間中にも看守の指示に従わず暴言を吐く等、看守らにしばしば反抗したり、処遇に対してもしばしば不服を申し立て、長崎刑務所の規律を意図的に混乱させようとする言動が日常化していたものである。

(四) 長崎刑務所の収容状況等

当刑務所は、主として懲役監からなる監獄であつて、犯罪傾向のすすんでいる改善困難なB級受刑者(受刑者分類規定一〇条一項二号)を拘禁する施設である。

本件図書閲読不許可処分の行われた昭和五八年一一月一七日当時、同所には収容者七三二名(収容定員六九五名)が在監し収容定員を上回つているうえ、これを看守一一五名(看守部長を含む)で分担戒護するのであるから、看守一人当り六・三七人の収容者を担当(負担率)する計算となる。

これを全国平均と対比してみても、負担率において二・〇三人過大となつており、それだけ長崎刑務所における紀律維持、逃走防止については困難性が増大している状態であつた。のみならず、当時受刑者の中には多数の処遇困難者を含んでおり、右困難性は一層増大していたものである。

(五) 本件処分の経緯

原告は、昭和五六年九月一六日本件図書の仮出を申し出たが、同月一七日当時の教育部長安陪幸男は、本件図書が教化上不適当で長崎刑務所内の紀律を害しその正常な管理運営を阻害する恐れが強いと判断して林実所長に諮つたうえ、不許可の決定をなし、原告にその旨告知した。

しかるに原告は、昭和五八年一一月一五日再度本件図書の仮出しを願い出た。しかし、前記のような状況にあつたところから原告に対し、本件図書を閲読させるときは、そこに記述されている内容から、原告は被告の行う処遇について、その方針を歪曲して批判し、反抗心を助長することが十分に考えられたところである。そこで、被告は本件図書について前掲規程三条一項のうち三号には該当せず、かつ、前掲の依命通達の所内の秩序びん乱をあおり、そそのかすもので教化上不適当なものに該当し、本件図書を原告に閲読させることは長崎刑務所内の紀律を害しその正常な管理運営を阻害することとなる相当の蓋然性を有するもので前回の不許可処分以後、前回処分を変更する新たな事由は見出せないものと認められたので、昭和五八年一一月一五日付けの本件図書について原告の仮出し願いを不許可とし、同月一七日主任看守野副武之が原告にその旨告知したものであるから、本件不許可処分は前掲の運用通達にのつとり適正かつ公正に行つたものであり、被告の裁量権を何ら逸脱濫用しておらず適法な処分である。

これに対し、原告は本件不許可処分について、管理部長である宮崎大輔が処分権者であるかのごとく主張しているもののようであるが、前記取扱細則からも明らかなように教育部長が不許可処分の権限を有するのであつて、本件においても右宮崎管理部長は実質的な関与はしていないのである。

六  抗弁に対する認否

1  抗弁1ないし3は争う。

2  同4、(一)の事実は不知。

同(二)中、本件図書が救援連絡センター編であることは認め、内容が事実に反するとする点は否認する。主張は争う。

3  同(三)の事実中、(1)は認め、(2)は否認する。

同(四)の事実中、長崎刑務所がB級受刑者を拘禁する施設であることを認め、その余は不知。

4  同(五)は否認する。

5  同(六)は争う。

(昭和五九年(ワ)第四七一号事件)

七  請求原因

1  前記一、1ないし4と同旨。

2  原告は本件処分により長崎刑務所を出所した昭和六〇年二月六日まで本件図書の閲読を妨げられ、学習行為を阻害され、また、少なからず精神的苦痛を受けた。

3  被告長崎刑務所長は、被告国の公権力の行使として本件処分を行つたから、国家賠償法一条一項により、被告国はそれにより生じた損害を賠償する責任がある。

4  原告の右損害を慰藉するには五万円をもつてするのが相当である。

5  よつて、原告は被告国に対し、五万円の支払を求める。

八  請求原因に対する認否

1  請求原因1に対しては、前記二と同旨。

2  同2中、原告が長崎刑務所を出所するまで本件図書の閲読を妨げられたことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3、4は争う。

九  抗弁

前記五と同旨

一〇  抗弁に対する認否

前記六と同旨

第三  証拠<省略>

理由

一本件処分がなされたこと、原告が昭和六〇年二月五日その刑期が終了して同月六日長崎刑務所を出所したこと、その間原告が本件図書の閲読を妨げられていたことの各事実は当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、原告は長崎刑務所出所後は本件図書の返還を受け自由にこれを閲読できる状況にあること(原告は本件図書を甲第一号証として提出している。)が認められ、右認定に反する証拠はない。

二右の事実によれば、原告には長崎刑務所出所後は本件処分を取り消す実益は失われており、右取消を求める昭和五九年(行ウ)第二号事件の訴の利益はないものと言わねばならない。

なお右のとおり、本件図書は今では原告のもとにあつて被告長崎刑務所長は所持保管していないことは明らかであるから、同被告に対し本件図書の提出を求める文書提出命令の申立はその理由がないことになるのでこれを却下する。

三次に原告は、本件処分の違憲・違法を理由として、本件処分による損害の賠償を求めているので、本件処分の適否について判断する。

1  懲役刑の執行は、受刑者を社会から隔離し、その自由を拘束することを主眼としながらも、その執行の過程を通じて、他日受刑者が社会に復帰する場合に備えて、これを教化、矯正し、もつてその更正を図ることをも目的としているから、その目的のために必要がある場合には、受刑者の身体的自由及びその他の行為の自由に一定の制限が加えられることは、やむをえないところというべきである。

また、監獄は、多数の被拘禁者を外部から隔離して収容する施設であり、右施設内でこれらの者を集団として管理するにあたつては、内部における規律及び秩序を維持し、その正常な状態を保持する必要があるから、この目的のために必要がある場合には、受刑者の身体的自由及びその他の行為の自由に一定の制限が加えられることは、やむをえないところというべきである。そして、この場合において、これらの自由に対する制限が必要かつ合理的なものとして是認されるかどうかは、右の目的のために制限が必要とされる程度と、制限される自由の内容及び性質、これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を較量して決せられるべきである。

ところで、各人が、自由に、さまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取する機会をもつことは、その者が個人として自己の思想及び人格を形成・発展させ、社会生活の中にこれを反映させていくうえにおいて欠くことのできないものであり、また、民主主義社会における思想及び情報の自由な伝達、交流の確保という基本的原理を真に実効あるものたらしめるためにも、必要なところである。それゆえ、これらの意見、知識、情報の伝達の媒体である新聞紙、図書等の閲読の自由が憲法上保障されるべきことは、思想及び良心の自由の不可侵を定めた憲法一九条の規定や、表現の自由を保障した憲法二一条の規定の趣旨、目的から、いわばその派生原理として当然に導かれるところであり、また、すべて国民は個人として尊重される旨を定めた憲法一三条の規定の趣旨に沿うゆえんでもあると考えられる。しかしながら、このような閲読の自由は、その制限が絶対に許されないものとすることはできず、それぞれの場面において、これに優越する公共の利益のための必要から、一定の合理的制限を受けることがあることもやむをえないものといわなければならない。本件におけるように、懲役刑の執行により監獄に拘禁されている者の新聞紙、図書等の閲読の自由についても、受刑者の教化、矯正という懲役刑の目的のためのほか、前記のような監獄内の規律及び秩序の維持のために必要とされる場合にも、一定の制限を加えられることはやむをえないものとして承認しなければならない。しかしながら、閲読の自由は憲法に由来する基本的人権ともいうべきものであるから、監獄内の規律及び秩序の維持のためにこれら被拘禁者の新聞紙、図書等の閲読の自由を制限する場合においても、それは、右の目的を達するために必要と認められる限度にとどめられるべきものである。したがつて、右の制限が許されるためには、当該閲読を許すことにより右の規律及び秩序が害される一般的、抽象的なおそれがあるというだけでは足りず、被拘禁者の性向、行状、監獄内の管理、保安の状況、当該新聞紙、図書等の内容その他の具体的事情のもとにおいて、その閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる蓋然性があると認められることが必要であり、かつ、その場合においても、右制限の限度は、右障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲にとどまるべきものと解するのが相当である(最高裁昭和五八年六月二二日判決、民集三七巻五号七九三頁参照)。

2  そこで、原告に本件図書の閲読を許すことにより、長崎刑務所内の規律及び秩序の維持について何らかの障害が生ずる蓋然性の有無について判断する。

(一)  当事者の主張五、4、(三)、(1)の事実(原告が服役するに至つた犯罪事実等)は当事者間に争いがない。

(二)  <証拠>を総合すれば次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(1) 本件図書は、被収容者の手記などにより、日本の監獄においては、刑務所職員などによる被収容者に対する暴力行為その他被収容者の基本的人権を無視する行為が多数存在しているとして、現在の監獄の管理体制を糾弾する内容となつている。

(2) 原告は、沖縄刑務所在監中から、現在の監獄の管理体制が不当なものであると考え、その当時から一貫して原告において不当と考える監獄内の規律、刑務所職員の指示などには従わず、あるいはその根拠などをしつこく糺すなどの抵抗をしばしば行うなど、消極的な抵抗を繰り返しており、長崎刑務所内においては最も処遇困難な被収容者であつた。

(3) 長崎刑務所は、主として犯罪傾向のすすんだ改善困難なB級受刑者を拘禁する施設であり、本件処分時の昭和五八年一一月一七日当時の被収容者は定員六九五名のところ七三二名が在監し、これを看守一一五名で分担戒護していたが、看守一人当りの戒護担当割合も全国平均四・三四名のところ六・三七名となつていた。

(三)  一方<証拠>によれば、次の事実が認められ右認定に反する証拠はない。

(1) 原告は沖縄刑務所在監中に本件図書を数回閲読しており(この事実は当事者間に争いがない。)、長崎刑務所に移監された後は、本件処分の前後を通じて本件図書と同内容の記事を掲載した「監獄通信」、「救援」、「氾濫」などの新聞類やビラ、パンフレット等を多数閲読している。

(2) 一方、長崎刑務所側においては、沖縄刑務所在監中の原告の言動その他から、処遇上原告は他の被収容者との共同生活に適さないものとして、さらに、他の被収容者にその影響が及ばないように、もつぱら未決勾留中あるいは分類審査中の被収容者のみを収容する四区六舎において独居拘禁に付していた。

(3) 原告の反抗態度も、長崎刑務所においては、刑務所職員に暴力的行為に出、あるいは大声を上げるなどの積極的な抵抗行動に出ることはなく、そのため、少なくとも昭和五七年一二月ころからは規律違反などを理由に懲罰を受けたことはなかった。

(四) 右(一)・(二)の各事実によれば、本件図書の内容は長崎刑務所にとつて好ましいものではなく、原告が現在の監獄の管理体制を不当なものと考えこれに反抗する姿勢をとつてきたことからみれば、本件図書の閲読許可により監獄内の規律及び秩序が害されるおそれがないとはいえないが、更に右(三)の各事実によれば、原告はすでに本件図書を数回閲読し、更に同内容の新聞等多数閲読しており、その抵抗は長期間に及びしかも長崎刑務所においては消極的な抵抗に終始しており、現にとられている長崎刑務所の管理体制と併せ考えれば、本件処分当時において原告に本件図書を閲読させたとしても、原告の言動に変化を生ずるものとは考え難く、長崎刑務所内の規律及び秩序の維持について放置できない程度の障害が生ずる蓋然性があつたものと認めるのは困難である。

以上のとおり、本件処分はその必要性がないのになされたもので違法なものである。

四本件処分は被告国の公権力の行使としてなされたものであるから、国家賠償法一条一項により被告国はこれによつて原告に生じた損害を賠償すべきところ、原告は本件処分により出所まで一年二か月余りの長期間にわたり本件図書の閲読を妨げられたが、一方、原告は本件図書をすでに数回閲読していることや本件処分の前後を通じて同内容の図書類を多数閲読していることを併せ考慮すると、その損害を慰藉するには一万円をもつてするのが相当である。

五以上のとおりであるから、昭和五九年(行ウ)第二号事件は不適法なものとしてその訴えを却下し、昭和五九年(ワ)第四七一号事件については原告の請求は一万円の限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言については同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(渕上 勤 加藤就一 小宮山 茂樹)

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